「ワゴンカメラ」による全授業を録画・配信する取組

※論文を公開するにあたって
 この論文は、2年前(2022年)に作成した論文です。しかし、年々、感染症に対しての学校の対応が難しくなってきていることもあり、このブログに記事として収めることにしました。

 内容は、コロナの関係で長期欠席が見込まれた生徒に、授業を「全録」して届けようという取組です。MeetやZoomがあるのに、何故?と思われる方も多いと思います。しかし、TV会議では、①具合の悪い生徒が、教室の授業に合わせて、起きて、勉強しなければならない不条理さがあるとともに、②回線の状況によっては、黒板の文字なども判読が難しくなるケースがあるという欠点があります。
 学校の授業は、クラス全員を相手にするマスの形をとっているので、休んでいる生徒個人個人から見ると、実は冗長な部分がたくさんあります。具合の悪かった生徒が、回復した後、欠席した期間中の授業から、必要な部分を効率的に拾い読みして補充するという仕組みは、タイパを大切にする現代の子どもたちにはとてもなじみやすい仕組みともいえます。


 全録する方法として、この論文では「ワゴンカメラ」というとてもチープでアナログな方法を使っていますが、教室の天井にそれなりの解像度の高いWebカメラを取り付けると、先生を自動追尾でき、映像も校内LAN上のサーバーに保存できるような仕組みに発展させることができます。もし将来、授業の全録が普通に行われるようになったら、このような設備や仕組みの中で運用される可能性があるのではないでしょうか。

 授業の全録を行う上で、私が感じた一番の難しさは、職員のコンセンサスを得ることでした。よほど生徒のために前向きにいろいろなことに取り組んでいる職員集団でなければ、必ずどこかに綻びが生じます。そして、「ライブは一回限りだけれど、オンデマンドは記録に残るので、避けたいのです…」、「自分の授業は録画されたくないので遠慮します…」、こんな言葉に遭遇します。
 でも、負けないで下さい。長期間欠席を余儀なくされた子どもたちには、こうした支援が必要です。保護者もそれを望んでいます。そして、子どもたちが大好きな先生方の中にもそう考えている人は必ずいます。

 鳥インフルエンザなど重症化率の高い感染症が、この先、学校を襲うかどうかは神のみぞ知ることです。しかし、学校という機関が持つ大切な役割を、この社会の中で果たしていくために、常に覚悟を持って備えておくことは、とても大切なことだと思っています。

0 はじめに
 2022年1月に始まったオミクロン株による第6波は、本道では新規感染者数が2月10日の4098人をピークに3月末には1979人と半減した。
 しかし、4月に入り再増加に転じ、第6波が収束しないまま第7波が7月から始まり今日に至っている。

 上掲の表は、函館北中学校(普通級6クラス、特別支援級2クラス、全校生徒212名)の4月の新型コロナウイルス関連の欠席者をまとめたものである。表は、縦が生徒、横が左から右に日にちの経過を表している。
 この表に緑が濃厚接触者となり出席停止となった期間、赤が罹患し出席停止となった期間を示した。
 家族が罹患し生徒が濃厚接触者として保健所から指定された場合、この表では欠席は緑で始まる。その後、家族から生徒が罹患した場合、療養期間がさらに長くなり、時には14日を超える欠席期間が生じる。
 今年2月の第6波のピーク時の状況から、本校では、こうした長期となる欠席者に対して、毎日の学習支援が無理なく、適切に行えるようにする仕組みが必要と考えた。そして、欠席した生徒の学級の全授業をパソコンにできる限り録画し、Google Classroomを使ってオンデマンド配信で届ける仕組み作りに取り組んだ。

1 授業を届けるための2つの選択
 こうした欠席の際に学校で一番用いられている方法は、ZoomやMeetなどのWeb会議を使った授業の配信である。本校も昨年からこうした方法に取り組んできたが、いくつかの改善点に気がついた。

  • 黒板の文字や先生の説明が、カメラの性能や回  線の状況によって品質が劣化し、判読が難しかったり、聞きとりづらい時がある
  • 体の具合が悪い生徒に、教室の授業と同時に視聴させることが難しい場合がある
  • そのため、重層性・階層性が高い教科では、見逃した部分を、登校が回復した後に、個別に補習する必要が生じる

 特に中学校の場合、放課後には部活動があるため補習の実施が難しいケースもあった。そのため本校では、5日間から10日間という長い期間欠席している生徒が、体調などに応じて自分のペースで自宅での学習が行えるように、Web会議ではなくオンデマンド方式をとることとした。
 収録に使うパソコン(以下 PC)には、一人一台端末の普及でリース期間が残っている使わなくなったPC教室のノートPCを利用した。
 このノートPCにOBS Studioという動画を録画・配信できるフリーソフトをインストールし、解像度の高いWebカメラを接続して、教室の前から2列目に配置し授業を収録することとした。

 すると、ちょうど黒板や教室前方のディスプレイ画面が収まるカメラアングルとなり、教師の話す声もWebカメラの高性能マイクでとても聞きやすい音量で収録することができた。これらの機材を木製のワゴンにまとめ、教室の中で配線を気にせず運用できるようにポータブル電源を載せ、1日分の授業が全部収録できる通称「ワゴンカメラ」が組み上がった。「ワゴンカメラ」の構成は次の通り。

  • ノートパソコン(NEC VersaPro PC-VP-KB41)
  • Webカメラ(Logicool C922n 約7千円)
  • ミニ三脚(Velbon Ex-mini 約3千円)
  • 動画収録用ソフト(OBS Studio 27.2.4 無料)
  • ポータブル電源(240Wh程度 約2万5千円)
  • 木製のワゴン(約4千円)

2 「ワゴンカメラ」の運用
 授業で用いる黒板やディスプレイの文字を、生徒が自宅で視聴し判読できるためには、試行錯誤し、HD(1280×720)の画質がバランス良いことが分かった。
 この画質をOBSに設定し、ノートPCのmicroSDカードに授業を録画する。録画した映像は50分の授業で1本600~800メガバイトのファイルとなる。そのため、ファイル転送にかかる作業時間の短縮を狙ってノートPCからmicroSDカードを取り外して、アップロード用のPCにデータを移動するようにした。
 「ワゴンカメラ」の試行を始めた2月頃は、同じ学年であれば、教科の授業内容はさほど変わらないので、学年に1つのワゴンで対応できるものと考えていた。
 しかし、実際に運用してみると、その日の授業教科が学級によって異なっていたり、進度がずれていることがあった。また、教科担任が複数配置されている学年では、普段習っていない先生の授業となることなど、いくつもの不具合があることが判明した。
 そのため、4月から始めた本格運用では、各組に専用の「ワゴンカメラ」を用意して、休んだ生徒は自分の組のその日の授業を試聴できるように改善した。
 「ワゴンカメラ」の運用手順は次のとおり。

  • 新型コロナウイルスの濃厚接触者や罹患者として出席停止となる生徒が生じた場合に、保護者と本人に授業の配信を希望するか確認する
  • 朝、学活の前にワゴンカメラを当該生徒の所属する学級に運びOBSを起動し収録を準備する
  • 授業を収録する際には、ワゴンカメラに席が近い生徒にも協力してもらい、録画開始のボタンを押すことや、先生が説明している黒板やディスプレイの方向にカメラを向けることなどを手伝ってもらい、授業を収録する
  • 放課後に係の先生がmicroSDカードとポータブル電源を教室から回収し、Google Classroomに不必要な部分を削除して、アップロードして配信する

 配信を視聴する端末については、学校に装備された一人一台端末を家庭に届けたり、生徒の自宅のPCやスマホを利用する形をとった。

3 Google Classroomの利用
 こうして収録された授業は、Google Classroom(以下Classroom)の「資料」としてアップロードされる。各クラスで欠席した生徒は、そこから授業を視聴する。Classroomを配信のプラットホームとして利用する利点を整理すると、次の諸点となる。

  • 一人一台端末の導入時に、函館の公立小中ではClassroomが導入され、生徒も操作に慣れている
  • 先生にとっても、ユーザーインターフェイスが分かりやすく、アップロードなどの操作が容易である
  • 学級の生徒の中から、休んでいる生徒に絞り込んで授業配信をすることが可能となっている
  • プリントなどの補助資料もpdfの形で併せて配付することができ、質問やコメントも可能
  • 授業動画をダウンロードすることを防ぐ機能などが提供されているため、YouTubeなどと比較して安心して利用できる(クラスのドライブフォルダーにアップロードした授業動画を選択し、「共有の設定」から生徒の閲覧時のダウンロードを制限することで、ダウンロードが不能となる)
  • 復習の教材あるいは、不登校生徒への対応として、収録した授業動画を残す場合に、膨大な記 憶領域が利用可能である。(本校の場合、8月末時点で約380ギガバイトを使用)

 こうして、コロナで出席停止となり登校できなくなった生徒への「全録」による授業配信の取組が4月から始まった。各学年・学級用に作られたClassroomの授業タブ内に「欠席時の学習支援」というトピックを作り、収録が行われた日ごとに資料として掲載した。

 出席停止となった生徒は自宅から自分のClassroomにログインし、欠席した日付の資料を選択し、収録された授業一覧から、授業を選択して試聴する。

 実習や活動が伴う体育や美術などの教科は、どうしても収録が難しく未収録となる事が多いが、4月から8月末までの取組で配信した授業数は535本となった。

 「ワゴンカメラ」で収録した授業は、画質や音声がクリアで、板書やディスプレイを使った説明も鮮明であり、教室で聞いているのに近い雰囲気が得られた。
(上段 ディスプレー、下段 黒板での授業のスクリーンショット)

運用を重ねる中で、授業で配付したプリントをpdf化して授業動画に加えて掲載するようになったり、担任の先生が朝、黒板に書いたメッセージを1時間目の授業の前に挿入して欠席した生徒にも伝えたり、問題演習に入るときにはカメラにサインを出して収録を止めるといった運用上の工夫が積み重ねられていった。
 また、生徒からも新しい使い方の工夫が示された。
 教室での座学に続いて行われた理科室の実験に、ワゴンを理科室に移動させ、その実験の様子を収録してくれたのである。教室から必要な場所に移動させる発想は運用当初はなく、以後は必要に応じて移動も行い、収録するように取組が変わっていった。

4 一人一人の生徒を大切に思う心が詰まった「ワゴンカメラ」
 ICTを使った実践は、その分野に長けている先生が自分の教科やクラスで行うji実践も多いが、本校では学校全体で、この実践に取り組むことができた。
 こうした取組が全校・全職員で可能になった背景には、次の諸点があった。

  • 子どもに寄り添い、一人一人の生徒を大切にする姿勢が、全ての職員に浸透している
  • 2020年からICTを使った授業配信や学習支援に積極的に取り組み、教職員のICTを活用する  意識が高まっていた
  • 生徒が先生や学校に抱いている感情が良好で、保護者からの学校への期待も前向きであるため、こうした取組を応援してくれる雰囲気がある
  • 次の課題を見据えて、限られた学校予算をやり繰りしながら機材や環境を整え、職員を巻き込み、前に進もうとする経営陣への信頼が厚い

 一般に、多くの先生には、自分の授業を収録してこうした形で見せることに、とまどいがある。これは、本校の職員においても然りである。
 しかし、コロナが1月から猛威を振るい始め、このままでは5日から10日間という長期の出席停止が頻繁に起こることが見込まれた2月に、学校がしなければならないことは明確になった。「コロナで濃厚接触者や罹患者となり長期間学校に通えなくなる生徒のために、授業を何とかして届けよう」
 新学期までの短い期間の中で、試行錯誤を繰り返し、限られた学校予算の中で整えられる機材を探し、職員の過度な負担とならない運用の仕方が模索された。
 そして辿り着いた取組が「ワゴンカメラ」であった。 この取組には、一人一人の生徒を大切に思う函館北中の職員全員の気持ちがぎっしりと詰まっている。

5 改善に向けて
 この取組について生徒や保護者はどのように捉えているのか9月初旬にアンケート調査を行った。有効回答数は202世帯中126件で、62%にあたる保護者より回答を得た。
 まず、本校のこうした取組を知っていたかの設問には保護者の73%が知っていたと回答した。次に実際にお子さんが利用したかとの問いには、20%が利用したとの回答があった。これまで利用がなかった家庭においても91%が今後利用しようと考えており、この取組は生徒や保護者の間で高い支持を得ている。
 次に、利用して良かった点については「勉強が遅れないこと」、次いで「自分の体調に合わせて勉強ができること」が選ばれた。ワゴンカメラがあっても利用しないと回答した9件の保護者のうち7件が「体調が悪いときに勉強することは難しい」と回答しており、「ワゴンカメラ」だけではなく、Web会議システムを使った学習支援でも、生徒の体調を考慮することの重要性が浮かび上がった。

 また、改善して欲しい点としては、「授業のプリントなどがビデオの視聴と同時に手渡されない」こと、「Classroomの機能の関係で、その日の内に授業を見ることができない時がある(ビデオを圧縮をするため)」ことについて改善の要望が高いことが分かった。

 6月以降pdfでプリントを添付する改善を行っていたのだが不十分であり、今後、pdfに直接書き込める環境を導入し、プリントの利便性を高める改善を行う。
 また、その日の内に授業を試聴できるようにする件については、OBSの持つ収録と同時にライブ配信を行う機能を用いて改善できるものと考えている。
 実際に自宅で視聴した生徒からは「学習内容だけでなく、学級の雰囲気が伝わってきて、嬉しかった」という感想が寄せられ、我々に勇気を与えてくれた。
 後に「話し合いの場面では参加できないので、自分も参加したかった」という要望も寄せられ、今後、生徒の間でやり取りが必要な場面にはWeb会議システムを組み合わせて運用する形で、この「ワゴンカメラ」の取組を発展させていきたいと思う。
 さらに、保護者の自由記述には、不登校や復習用の教材として利用してみたいとの要望も寄せられた。これまで収録した授業のさらなる活用について、前向きに検討したいと考えている。

6 おわりに
 困っている生徒を助けたい、支えたいの一心で走り続けてきた。本当に全授業を配信できるのか、続けられるのか、生徒や保護者に受け入れてもらえるのか…。
 振り返ると毎日の取組は暗中模索の連続であった。
 今日、この場所にたどり着けた喜びを職員と分かち合い、生徒、保護者に心から感謝したいと思う。(2022年度 道教弘教育研究論文学校研究部門 応募論文)

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