0.はじめに
前回のAIの教育利用の記事を起稿してから10か月が経ちました。この間に、私がAI研究で利用しているChatGPTは、GPT-4というモデルから、GPT-4oというモデルが主流となりました。問い合わせてから回答までの時間が大幅に短縮され、APIからの利用料も大きく減額となり、長文の添削や生徒たちの回答に一括でフィードバックを提供する際などに利用しやすい状況となりました。
そこで本稿では生成AIの教育利用として、このGPT-4oを中学校の道徳の授業に活用する事例を紹介いたします。道徳の教科は、生徒それぞれの題材に対する感じ方や価値観の違いなどが顕れる、指導や添削が難しい教科です。この道徳に、最新のAIがどの程度活用できるのか本稿では探ります。
なお、本記事で行った発問の分析や、生徒への添削には、このサイトから提供しているGPT-ScoreAIDを利用しました。GPT-ScoreAIDには複数の生徒が記述した文章の添削や採点を一括処理できる機能があり、その機能を活用しています。
1.日本の道徳の授業のパラダイム(外国の読者に向けて)
現在、日本の中学校で行われている道徳の授業では教科書を活用し、その題材をもとに授業をすることが多いと思います。中には、一部の教材を自作して、その学校の生徒の実態や地域の抱える課題にポイントを絞った題材を特別に用意して扱う道徳の授業もありますが、余り多くないというのが現状でしょう。
教科書を中心に道徳の授業を展開している学校では、道徳の教科書に加えて、その教科書の発行会社が編集した「道徳ノート」なども併せて活用しながら授業を行います。このノートには、題材毎に授業の進行に合わせて書き込む欄などが用意されており、生徒は自分の考えや、話し合いで気がついたことなどを授業中に書き込んでいきます。
国が定める学習指導要領(”The National Course of Study in Japan serves as a set of educational guidelines issued by the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology)には、中学校の場合、道徳の授業で扱うべき内容項目として22項目からなる指導内容が示されています。学校では生徒の実態や地域の課題なども勘案し、年間で35時間からなる指導計画を立て、22項目の指導内容を教えていきます。
学校での1時間の道徳の授業では、まず最初に、教科書に掲載されている話し合いの土台となる題材や素材を読み、その課題について、それぞれの意見や考えを出し合いながら授業が進みます。この話し合い活動では、友達の意見を聞き合い、考え方の多様性や自分にはない価値観などを学ぶことが目指されています。
ですから、その題材について何か教師の側から価値観を押しつけるというわけではなく、生徒間で交わされる多様性のある話し合いの中で、自らの考えを広げたり成長につなげていくことを大切にしています。
この授業の中で最も大切なのが、その題材で学んで欲しい道徳の価値項目に迫る「中心発問」といわれているものです。「中心発問」は、教科書の教授用の資料として指導案とともに教科書供給会社より例示されていることが多いです。
多くの先生は、授業をする際に、その資料を参考にして授業を展開し、その授業の一番大切なところで、この「中心発問」を行います。その発問により、生徒たちに、その題材が伝えたかったことを考えてもらったり、話し合いを行うような授業展開をとります。教科書発行会社から提供されている教授資料の中には、「中心発問」に至るまでに把握すべき題材の主人公の心情を考えたり、題材の経緯を掴むための付随する発問例や指導例なども示されています。
しかし、生徒間での話し合いや、それぞれの考え方を大事にする学習の展開を重視するため、授業によってはこうしてあらかじめ準備された発問が有効に機能しない場合もあり、教師は臨機応変に軌道修正しながら授業を展開します。
そのため、道徳の授業をしっかりと実施するためには、担当する教師にそれなりの力量が必要とされているのが日本の道徳教育の現状です。
2.今回の実践で利用した道徳の教材について
授業では 中学校1年生の道徳「私は清掃のプロになる」(日本文教出版株式会社)という題材を使いました。この題材は、世界一清潔な空港と呼ばれた羽田空港の環境マイスターである新津春子さんの生い立ちや、清掃の仕事に対する心境の変化を追いながら、清掃の仕事の恩師からかけられた「あなたの清掃には心がこもっていない」という言葉を中心発問として、「仕事とは何か、働くことの喜びや生きがいや社会との繋がりを考える」という主題に向かって道徳の授業を展開する構成になっています。
通常の道徳の授業では、挙手によって生徒の意見や考えを発表してもらい黒板に意見をまとめることが主流です。しかし、最近の授業では、ICTを使ってFigmaやCanvaなどのアプリケーションを活用して生徒の考えを付箋にまとめ、見える化して討議する実践も増えています。
今回の私の実践では、文字を使ってAIとやりとりをするため、授業中に教師が行う発問に対して、生徒にフォームに回答してもらう形をとりました。そして、スプレッドシートに集約された回答を、GPT-ScoreAIDからChatGPTに送り、話し合いが活発になりそうな視点をみつけたり、個々の生徒が題材から学んだこと・自らの成長につなげたことをAIの助けを借りて看取るという取組を目指しました。
3.生徒の発問への回答をAIで分析して、授業での話し合いの方向性を見いだす
本文の朗読の後、私は教科書供給会社より指導例として示されている指導案に沿って、最初の発問を行いました。
発問1「心情の読み取り①」~新津春子さんが、中国から日本に来て清掃の仕事についたとき、どのような気持ちだったと思いますか?
グーグルフォームに記入された生徒からの回答は次のようなものでした。
- なんでこんな仕事を
- [清掃の仕事をして何が楽しんだろう]?と思ったと思う
- なんか思ってたのと違って少し心配になっていた。
- 清掃ってどんな仕事なのだろう。緊張する。
- 中国にいた頃は裕福だったから日本語に慣れるまで我慢しなきゃ。
- 急に日本に来て清掃の仕事をするってなったときは混乱したと思う。
- 清掃は言葉が話せないからやるもので、やりたくてやっているわけじゃないという気持ち
- 清掃は、言葉が話せなかったから、やりたくないと思っていた。
- 本当はやりたくないけど、お金を稼ぐためだから仕方なく掃除しよう
- 清掃みたいな地味な仕事は嫌だけれど、お金がないからしばらく我慢しよう
- (以下略)
こうして集まった回答をまとめ、ChatGPT(モデルGPT-4o)に「生徒の質問1への回答を分類して、話し合いの際に議論が起きそうな視点を2~3点ほど具体的に教えて下さい。」という問い合わせを行いました。約15秒後にChatGPTから次のような返答が戻ってきました。(プロンプトについては後述します。)
ChatGPT~ 生徒の回答を見ると、生徒たちの意見にはいくつかの共通のテーマや視点があります。それらを分類し、話し合いで議論が起きそうな視点を挙げると、以下のようになります。
- 清掃の仕事に対する不安やマイナスの印象:
- 「なんでこんな仕事を」「やりたくないし、嫌だなー」「ちょっとめんどいかもなー」
- この視点では、清掃の仕事に対して不安やネガティブな印象を抱いている生徒が多く、この理由や背景について話し合うことができるでしょう。また、その印象が変わるきっかけについても議論できそうです。
- 語学や環境に対する不安:
- 「日本語がわからなくて不安」「お客さんに話しかけられたらどうしよう」「学校へは行けず,働かなきゃならないなんていやだな」
- 日本に来てからの言葉や環境の変化に対する不安についての意見があります。この視点では、新しい環境に適応する際の挑戦や不安について話し合うことができるでしょう。特に、自分が同じ状況に置かれたらどうするかを考える機会を設けると良いかもしれません。
- 仕方なくやっているという受け入れの姿勢:
- 「これしかないから頑張ろうという気持ち」「清掃は言葉が話せないからやるもので」「お金を稼ぐためだから仕方なく掃除しよう」
- 生徒の中には、現状を受け入れて前向きに取り組もうという姿勢も見られます。この視点では、困難な状況でも前向きに努力することの意義やその先に得られる成長について話し合うことができるでしょう。
この最初の発問は、新津さんの心情や清掃という仕事への当初の気持ちを察することを目的としていました。そこで、この発問を受けて、「清掃の仕事そのものに対する不安」と、「日本語や自分のおかれた環境についての不安」という二つの方向から、生徒に意見を発表してもらい、新津さんが清掃の仕事に携わった最初の頃の気持ちを、生徒と掘り下げていきました。
こうして、主人公の新津さんの最初の頃の気持ちを皆で確認した後、指導例に示された二つ目の発問に進みます。
「心情の読み取り②」~新津さんは、高校に進学し、その後、音響メーカーに勤めた後も、仕事の合間を縫って清掃の仕事をしていました。清掃という仕事に対して、新津さんにはどのような気持ちの変化があったのでしょうか。
生徒からの回答は次のようなものでした。
- 本当は自分には清掃があっていたのかも自分は清掃が好きかも
- 音響メーカーに勤めるよりも清掃のほうがまだ楽しいと思っていたと思う。
- 今までは普通にやっていたけど、今は清掃に興味があって気持ちに変化があった。
- 最初はどんな仕事なのだろうと不安だったり乗り気ではなかったが、やってみて清掃って仕事はとてもやりがいがある仕事だと思った。
- もともとは体を動かすことが好きだから自分には体を動かせる清掃の仕事が向いていたんじゃないかと思ったから。
- しっかりみんなのために清掃できるかな?心配
- 体がほぐれていって自分には清掃の仕事があっていると思った。
- (以下略)
ChatGPTは生徒の回答から、活発な議論が期待される視点として次の3つの例を挙げました。
ChatGPTの分析
- 清掃の仕事のやりがいや楽しさ:
- 多くの生徒が「清掃の仕事はやりがいがある」「きれいになるのが楽しい」「達成感がある」といった回答をしています。この視点では、新津さんが清掃の具体的な仕事を通じてどのようにやりがいを感じ、楽しさを見出したのか、その背景にある要素について議論することができます。例えば、「どうして汚れを落とすことが楽しいと思ったのか?」や、「何が達成感をもたらしたのか?」といった問いかけが可能です。
- 体を動かすことの重要性:
- 「体を動かすのが好き」「体がほぐれて元気になる」といった回答も多く見られました。この視点では、身体的な活動と心の満足感の関係性について深く掘り下げることができます。例えば、「なぜ体を動かすことが心地よかったのか?」や「他の仕事と比べて清掃がどうして身体に合っていたのか?」について考える場を設けることができます。
- 自己発見と適正:
- 「清掃の仕事が自分に向いている」「音響メーカーよりも清掃が合っていると思った」という回答が見られます。この視点では、どのようにして新津さんが自分に合った仕事に気づき、自己発見のプロセスを経たのかを探ることができます。生徒たちには、「どのような経験が新津さんの自己認識に影響を与えたのか?」や「新津さんの清掃への転職はどのようにして可能になったのか?」といったテーマで意見交換を促すことができます。
2つ目の発問について討議の方向性が3案示されました。今回の授業では、新津さんが「清掃の仕事に対して抱くようになったやりがいや楽しさ」を確認し、やがて「自分にあった仕事をみつけるという自己発見への流れ」を生徒が感じられる方向に話し合いを進める授業展開をとりました。
4 AIによる中心発問の分析
いよいよ道徳の授業で最も大切な中心発問です。手前の二つの発問は、この中心発問へ導くためにあるといっても過言ではありません。今回の授業では、これまでの二つの発問と話し合いを経て、この中心発問を生徒の意識の俎上にうまくのせることができたでしょうか。
「中心発問」~新津さんが恩師の鈴木さんから、「あなたの仕事には心がこもっていない。」と言われたときに、新津さんの気持ちを想像してみましょう。
生徒からの回答は次のようなものでした。
- こんなに頑張ってきたのにどういう意味
- 私はちゃんと心を込めてやっているわ!
- こんだけ努力して頑張ってきたのに悲しい。
- しっかり見えないところも掃除をしているのになんでだろう
- 今までたくさん清掃の仕事をしてきて頑張ってきたのに、何が足りないのか、心ってなんだろう
- 心がこもってないって何?
- 今まで綺麗にできるように仕事を頑張ってきたのに、なんでこんなこと言われるんだろう。
- 一生懸命働いているから少し悲しいし、どこを直せばいいのかわからない
- 専門学校にきて熱心に勉強して、試験に合格して入社もして今も一生懸命掃除をしているのになぜそう言われるんだろう。。
- 清掃の技術はあるのに、何がたりないのかわからなかった
- 一生懸命やっているのになにがたりないの?
- は?めっちゃ頑張ったんですけどねー!
- なんで「あなたの仕事には心がこもっていない。」って言われたのだろうと思った。
- (以下略)
最も大切な中心発問から、指導項目である「勤労,公共の精神」に向かう話し合いを活発に行うためには、次の視点から生徒の意見を分類し議論を促進することが可能という助言をAIから得ました。
ChatGPTの分析
- 技術と思いやりのバランス:
- 観点: 多くの生徒が「技術はあるのに心がこもっていないと言われたこと」に疑問を感じています。ここでは、技能的な努力と精神的姿勢のバランスを考える重要性を探ることができます。
- 例: 「技術があるだけでは十分でないとしたら、どのような点で他者を意識する必要があるのか」「心がこもった仕事とは具体的にどういうことを指すのか」といったテーマで議論できます。
- 自己認識と他者への影響:
- 観点: 生徒の中には「何が足りないのか、心ってなんだろう」といった自己認識や自分が他者にどう影響を与えているのかに関する疑問が多く見られます。ここでは、自己の行動が他人にどう見えるかを考える機会を与えることができます。
- 例: 「自分が清掃をするとき、利用者や同僚がどう感じるのかを考えたことはあるか」「他者にどのように見られることが重要なのか」といった問いを投げかけて、他者の視点を意識する必要性を話し合うことができます。
- 自分の成長と仕事の意義:
- 観点: 「清掃の仕事をしていて何が足りないのかわからない」「なにがたりないんだろう」という疑問には、自分の成長や仕事の意義に対する問いが含まれています。これを通じて、自分自身の成長とその仕事の意義をどのように見出しているのか、考えさせることができます。
- 例: 「自分が成長するためにはどんなアプローチがあると思うか」「仕事を通じてどのような喜びを得られるか」といった議論をすることで、仕事が自己の成長にどのように寄与するかを具体的に考える機会を提供できます。
AIからは話し合いの3つの案が示されました。その中には生徒が3つの層に分かれていることも指摘されています。単純に「何が足りないか分からない」といった生徒、その足りないところは何だろうという方向に目を向けて模索している生徒、さらに自分の清掃の技術に加えて仕事の持つ精神的な面や社会的な価値について気がついている生徒です。今回の授業展開では、中心発問に対してクラスに3つの層の生徒が存在していることが分かります。
そこで、教室内にこうした3層があることを意識しながら、生徒が思った疑問について、違う層の生徒の意見を聞いたり、話し合ったりする場面を意図的に設け、仕事とは何か、その喜びや生きがい、社会とのつながりといった面について、それぞれの生徒がより自分の考えを広げたり、深めたりしていけるように話し合いを進めていきました。
5 AIを活用して個々の生徒の成長や価値観の変化に助言する
前節までの取組では、生徒の回答を横断的に集めて分析し、授業のフローを決めるために活用しました。ここでは、もう一つのAIの利用方法として、生徒一人ひとりの発問への回答を縦断的に追い、その生徒が題材からどのようなことを学んだのか、生徒自身の成長にどうつながったのかをAIを使って看取るという活用方法について考えてみます。
現行の学習指導要領では、道徳ノートや授業での発表という具体的な記述や発言に基づいて、生徒の成長や価値観の変化を看取ることの大切さが示されています。そこで、授業で行った3つの発問への回答をもとに、それぞれ個々の生徒に向けてChatGPTにその生徒へ向けた助言を作成してもらうことにしました。その中のいくつかを掲載します。(プロンプトは6章に詳述します。)
生徒1の発問への回答とAIがつくった助言
- 「心情の読み取り①~新津春子さんが、中国から日本に来て清掃の仕事についたとき、どのような気持ちだったと思いますか?」~ 中国にいた頃は裕福だったから日本語に慣れるまで我慢しないと…。
- 「心情の読み取り②~新津さんは、高校に進学し、その後、音響メーカーに勤めた後も、仕事の合間を縫って清掃の仕事をしていました。清掃という仕事に対して、新津さんにはどのような気持ちの変化があったのでしょうか?」~ もともとは体を動かすことが好きだったから自分には体を動かす清掃の仕事が向いているんじゃないかと思ったから。
- 「中心発問~新津さんが恩師の鈴木さんから、「あなたの仕事には心がこもっていない。」と言われたときに、新津さんの気持ちを想像してましょう。」~こんだけ努力して頑張ってきたのに悲しい…
- AIからの助言:新津さんが日本に渡り、新しい環境で清掃の仕事に就いたときには、裕福だった中国での暮らしを思い出しながらも、日本語に慣れるまでの我慢だと自分に言い聞かせていたのでしょう。しかし、清掃の仕事を続ける中で、元々体を動かすことが好きだった彼女は、清掃の仕事が自分に合っていると感じ、次第に魅力を見出していく変化が見られます。そして、恩師の鈴木さんから「心がこもっていない」と言われたとき、これまでの努力が否定されたように感じ、悲しさを覚えました。しかし、この指摘は新津さんがさらに成長し、仕事についてより深く理解することや、他者への思いやりを磨くきっかけとなったのではないでしょうか。あなたも新津さんのように努力を続ける中で、心の在り方や他者との関わりに気を配ることができると素晴らしいですね。
生徒2の発問への回答とAIがつくった助言
- 「心情の読み取り①」~自分にできる仕事があって良かったという気持ち
- 「心情の読み取り②」~体を動かしたい、キレイになるのが気持ち良い
- 「中心発問」~ 今までたくさん清掃の仕事をしてきて頑張ってきたのに、何が足りないのか、鈴木さんの言っている心ってなんだろう
- AIからの助言:君の回答からは、新津さんの物語を深く理解しようとしている姿勢が伝わります。最初の質問では、新しい環境で自分ができる仕事があることに感謝し前向きにとらえる新津さんの姿を感じ取っていますね。そして、次第に清掃の仕事を通じて体を動かすことの楽しさや、目に見える成果に満足感を見出していったこともよく理解しています。最後に、恩師からの言葉に対して、自分の努力にもかかわらず何かが足りないと感じ悩む姿に共感しています。これからも、心を込めて取り組むことの意味や、自分の成長に繋がる気づきを大切にしてください。その事が自分の信じる道をしっかりと歩んでいくことにつながると思います。頑張ってください。
生徒3の発問への回答とAIがつくった助言
- 「心情の読み取り①」~日本語がわからなくて不安だった。やりたくないと思っていた
- 「心情の読み取り②」~最初は嫌だったけど、だんだん自分に向いている仕事かもと思うようになった
- 「中心発問」~ 清掃の技術はあるのに、何がたりないのかわからなかった
- AIからの助言:授業を通じて、新津春子さんの気持ちの変化をしっかりと読み取ることができました。初めは日本語がわからず不安で、清掃の仕事にも抵抗があった新津さんですが、やがて自分に合っているのではと感じるようになり、清掃の仕事にやりがいを見つけていきました。この変化から、どんな状況でも目の前のことに真剣に取り組むと、新しい価値が見えてくることを学べます。そして、恩師の鈴木さんから心がこもっていないと言われたときの新津さんの戸惑です。清掃の仕事は技術だけでなく他者を思いやることの大切さに気づくきっかけになりました。あなたも、日常の中で技術や知識だけでなく、心を込めて相手を思いやることを意識していきましょう。そうすることで、より豊かな学びや成長につながるはずです。
今回の実践では、道徳の授業を受けた生徒全員に、各自が回答した3つの記述をもとにAIに助言の原案を生成してもらい、教師の私が確認・修正する形をとりました。そして、確認が終わった助言を表計算ソフト上に集約し、メールアドレスと紐付けて、そこからGASというコードを使って、それぞれの生徒に電子メールで返却しました。
翌日の授業で、「昨日の道徳の授業で、皆さんが書いてくれたことに対する先生からの感想やアドバイスを電子メールで送りました。読んで下さいね。」と伝えたところ、生徒はメールで返送された感想・助言の文章を興味をもって真剣に読んでくれました。
紙の「道徳ノート」を使った場合、そこに書かれた生徒の考えは、授業で発表しなければ周りに広がることはありません。FigmaやCanvaといったICTを活用した授業では、全ての生徒の考え方を付箋によって拾い集めることができますので、これまでは埋もれていた意見に光をあてることができます。
今回のフォームという手段でも、一人ひとりの感じたことやとらえ方を捉えることができ、さらにAIの助けも借りながら授業の話し合いとなる視点を探したり、生徒の意見を分類・層化して授業のフローに活かすということが可能になりました。
また、生徒一人ひとりへの添削での活用です。これまでの紙の道徳ノートでは、記述を確認し教師から数行のコメントを書いて返却するだけでも、1クラスあたり2時間程度の時間がかかっていました。放課後に部活動の指導などが入っていると、道徳ノートの点検は後回しとなり、働き方改革を進めている現場では本当に悩ましい状況といえます。
こうしたところにAIを活用して、生徒への助言の原案をつくることができれば、その案を教師が利用して加筆・修正し、さらにメールで返却することによって、添削にかかる一連の時間を大幅に縮減できる可能性があります。
今回の実践でも、AIがつくった添削の原案に加筆・修正し、メールでの返却まで約1時間程度の時間がかかりました。しかし、一から添削の文章を起案せずにAIが分析してくれた助言の文章をもとに、確認・修正・加筆する形で添削が進みますので、自分が紙に添削を書いて返却する場合と比べて、遙かに効率よく、さらに心理的疲労感が少なく添削できることが分かりました。
これまでは、苦しい時間のやり繰りの中で、道徳ノートについて「みました」の検印を押すに止まっていた学校現場も多々ありました。しかし、今回ご紹介した方法によって、電子的な道徳ノートに、AIと協力して、子どもたち個々の理解や感じたことについて添削しアドバイスを伝えられるように取組を変えることができます。多忙を極める教育現場ですが、AIは、先生方の仕事を支え・補助してくれる、学校での頼もしい「助っ人」という姿の輪郭を顕し始めています。
6 プロンプトについて
最後に、この実践で利用したAIへの指示書であるプロンプトについてお話しします。生成AIでは、プロンプトの善し悪しがAIからの回答の質を大きく左右します。以下では、前章でご紹介した今回の実践で個々の生徒への助言を作成する際に、どのようなプロンプトを用いたのかご報告します。
—–プロンプトここから—–
これから読んでもらう文章は、中学校1年生の道徳の授業で利用される「私は清掃のプロになる」という文章です。
—–文章開始
私は清掃のプロになる
羽田空港の広大なフロアを、赤いユニフォーム姿で足早に歩く小柄な女性。移動中の限られた時間であっても、その目線はあちこちに動き、細かくチェックしている。汚れたところがないか、何か困っているお客様はいないか、つねに気を配っているのだ。
(中略)
新津さん新津さんは鈴木先生に言われた「心」の意味が少しわかったような気がした。
(ようし、赤ちゃんがバイバイしても大丈夫なくらい、きれいにするぞ。)
こうして、新津さんの仕事に対する考え方は、また少しずつ変わっていったのだった。(注:全文は2035文字)
——–文章ここまで
道徳の授業では、この文章を使って、生徒に次のような発問を3つ行い、授業を展開しました。
—–授業の展開はじめ
授業の展開
①授業の最初の段階では、「新津さんが日本に来たとき,どのような気持ちだったのだろう。」という質問を生徒にして、新津さんの気持ちを考えさせました。
清掃の仕事に対して,マイナスイメージをもっている新津さんに共感させるというねらいから、この質問をしています。
生徒から期待される反応としては、「・言葉も通じない。・清掃の仕事はいやだな。・学校へは行けず,働かなきゃならないなんていやだな。・日本語ができるようになるまで我慢しよう。」といったことを期待しています。
②次に、授業が教材の中段に進み、「新津さんはどんな思いで,学校以外の時間や就職したあとも清掃の仕事を続けてきたのだろう。」という質問を行いました。
ここでは、仕事の魅力やおもしろさを見いだすことで,仕事のやりがいに気づけることを押さえたいというねらいで、この質問を生徒に対して行いました。そして、表面的なことだけではなく、仕事をする人の精神的な充実といった面からも仕事を考える大切さに考えを広げて欲しいと思いました。
この質問で、生徒に期待する反応としては、「・汚れが落ちてきれいになっていくのはうれしい。・清掃の仕事がおもしろいし、お金も稼ぐことができる。・体を動かすのが気持ちいい。自分に向いている。・清掃の仕事は成長できる気がする。」などの答えを期待していました。
③そして、この授業で最も大切な生徒への中心発問として「新津さんが,恩師に『あなたの清掃には心がこもっていない。』と言われたのはなぜだろう。」という質問を行いました。
この質問の意図は、「勤勉であることの大切さを押さえたうえで,それでも足りないものを考えさせる」ことにあり、「赤ちゃんがハイハイしても大丈夫なくらい」といったことに気づいたように、他者を思いやって働くことが自分の仕事の価値を高め,やりがいや自己の成長につながることに気づかせたいという意図からでした。
この3つ目の質問に対して、生徒に期待する反応としては、「・技術はすごいが,きれいになればいいと思っている。・きれいにはなっているけれど,そのことでほかの人がどんな気持ちになるかを考えていない。・使う人の気持ちになると,もっとよい仕事ができる」が予想されます。また、より深く考えた生徒からは、「・誰かを喜ばせたいという思いやりのある仕事。・自分自身も働く喜びが得られる仕事。」といった考えにも広がることを期待しています。
—–授業の展開終わり
各生徒の3つの発問への回答を総合的に踏まえ、その生徒に対する先生からのアドバイスを総合的に200字程度で書いて下さい。
アドバイスの文章は、先生が生徒に語っている形式として下さい。
また、発問一つ一つについては、細かくアドバイスをせずに、3つの質問への回答を踏まえた200字程度の総合的なアドバイスとしてください。
—–プロンプトここまで—–
プロンプトを読んでいただいて、意外と細かいところまで微に入り細に入り書いているように感じられたことと思います。私がプロンプトを考えるときには、真っ先に、人間の大学生に依頼する場合にはどうするかということを考えます。今回のような添削を大学生に頼む場合には、やはり最低でも、
- どんな話しをベースにしているのか
- 生徒が回答しているそれぞれの発問ではどのような事を意図して先生がその発問をしているのか
についてはきっと、あらかじめお伝えになると思います。
人工知能にも、同じように情報を与えないと正しい添削はできないのでは…というのが、現在の私の持っているAIのプロンプトに対する考え方です。
今回ご紹介したプロンプトには、こうした考えが色濃く反映しています。APIを使ってAIを利用するGPT-ScoreAIDのようなアプリケーションでは、この程度の長さのプロンプトは朝飯前のように軽々と扱います。AIの添削の指示書であるプロンプトは、AIの利用が高度化するに従って、より詳細で長い記述になることが予想されます。こうした長い記述のプロンプトの作成や利用にも、学校現場は慣れていく必要がありそうです。
また、今回のような複雑な内容の添削をAIに頼む際には、プロンプトが1回目でうまく機能することは希で、何度かプロンプトを修正する作業を繰り返しながら、教師が求める結果を出力できるプロンプトに精錬していく作業も伴います。
今回、この実践で用いたGPT-ScoreAIDには、こうしたプロンプトを精錬する機能も組み込まれており、実際の学校や授業で活用されるAIのアプリケーションには、こうした機能が必須であるように感じました。
7 まとめ
道徳の授業は、教材の解釈や、生徒とのインタラクションによって適切に授業のフローを変えることが必要とされるため、教師にとっては、力量を要する授業の一つです。そこに、生成AIを導入することにより、本稿でご紹介したような実践が可能になります。以前の生成AIではできなかったことが可能になってきており、AIの進化のスピードはとても早いことを改めて感じます。
今回の実践では、ChatGPTの中でもGPT-4oというモデルを使いました。
ChatGPTには後継のより高度な推論ができるo1というモデルが既にリリースされており、さらにo3というAGIを目指した次期モデルについても2025年の1月にOpenAIから言及がありました。2025年には教育界においても、o1モデルを使った実践や、o3モデルを使った試行的取組が報告されるようになり、本稿の報告をはるかに超えたレベルで、教育におけるAIの利活用の研究が進むものと拝察します。
今回の報告では間に合いませんでしたが、できるだけ早くGPT-ScoreAIDにもo1モデルが利用できる機能を加えたり、自然言語が取り扱えるRealTimeAPIの機能を組み込んでいきたいと思っています。
特にRealTimeAPI機能の実装は、現在のフォームを使った文字を中心とした入力から、生徒の話し合いを直接AIに傍聴させ、より自然な流れの中でAIから助言を得るといった利用も可能にします。依然としてAIへの敷居が高い教育現場ですが、音声入力でAIとやりとりできる環境は、教育現場でのAIの活用を進める大きな起爆剤となるものと考えています。
新年を迎え、生成AIを活用した教育現場における新たな実践がさらに増え、教育領域でのAI研究がさらに深化・発展していくことを、2025年に向けた私の年初の願いといたします。
元函館市立北中学校長 奥崎敏之
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